プロフィール


小林正美(こばやしまさみ)

 

古澤岩美 師事

 

1975年 沖縄海洋博「海を描く現代絵画コンクール」出品 

1987年 ギャラリーサロンドゥボナ個展 

1991年 永井画廊個展(銀座) 

1996年 上野の森美術展 出品 

1999年 上野の森美術展 出品

2000年 上野の森美術展 出品

2004年 パリにアトリエを構える

2004年 ギャラリーアトリエビスコンティー個展 (パリ)

2006年 アトリエZ現代アートコンクール 出品 (パリ)

2007年 アトリエZ現代アートコンクール 出品 (パリ)

2008年 アトリエZ現代アートコンクール 出品 審査員特別賞 (パリ)

2011年 ギャラリーアトリエビスコンティー個展 (パリ)

2011年 ギャラリーアトリエビスコンティー・ベネチア展 

 

作家連絡先

E-mail : w88white@yahoo.co.jp

HP : http://www.mk-art180.com

Twitter : Art_M_Kobayashi

小林 正美のルーツとは、


ー 幼少期はどんな少年でしたか。

 

小林:小学校の頃から絵を描くのが好きで、ユネスコ村が近くにありましたので、オランダの風車など異国の建物をよく写生していましたね。その頃は、写生コンクールなどでも賞を頂いていました。クラブ活動は、小学校の時に生き物係、中学校は美術部でしたね。なので、ヤギでも何でも飼えますよ。

 

※ユネスコ村(ユネスコむら)とは、1950年代から平成初期にかけて埼玉県所沢市にあった西武鉄道が所有する遊園地である。園内は世界各国の建築物が小さく再現されたほか、オランダの風車、トーテムポールなどが園内を飾っておりました。現在は園内の一部を毎年5月下旬から7月中旬にかけて「ゆり園」として営業している。

 

ー 生き物係ですか。後のANIMAUXシリーズで描かれていた生物のルーツかもしれませんね。

ANIMAUXシリーズ
ANIMAUXシリーズ

ー ところで、美術好きの少年は、どのようにして作家になっていったのでしょうか。

  

小林:理工系の大学に入り、設計などの勉強していたのですが、どうしても絵が描きたくて独学で勉強していました。4年の時に沖縄海洋博の「海を描く現代コンクール」に応募したら、入選しその絵の購入希望者が現れました。その方は、購入してくださり、知人である吉澤岩美先生に習うといいと、ご紹介を頂き弟子にして頂きました。これが私の芸術の道に入った経緯です。

 

※古澤岩美とは、画家人生で多くの裸婦を描き続け、幻想的でグロテスクなエロテイスムの画風を確立。人間の深層心理を表現する作品を多く展開。

 

ー なるほど。中心点を意識したかのような独特の構図、幾何学的なデザインは設計から影響を受けているわけですね。背景色のシュルレアリスムを彷彿させる色合い、えぐみは、岩澤先生からの影響も感じます。ただ現在、メインで制作している HUMANOID-3D シリーズの作風や色彩に関しては、また新たな展開のように感じますが、現在の小林正美スタイルを作ったきっかけや影響を受けた方などを是非教えてください。

 

小林:そうですね。きっかけでいえば、、、古澤岩美先生には、基礎からしっかりと教えて頂き、勿論、影響も受けました。古澤先生が亡くなられてからは、独自の芸術を探求することを決め、パリに向かいました。パリは、まさに別世界で独自の芸術を生み出すにはピッタリの場所でした。当初は生物を軸に幾何学を入れていく。そして色を入れていき、さらにリズム感を出すために平面から立体へと変わっていきました。

 

ー パリへ行ったことが大きな転機となったわけですね。

 

小林:そうですね。パリは、日本とは比較にならないほど芸術というジャンルが進んでいました。進んでいるというのは、トラディッショナルアート的な固定概念に縛られること無く、良質な作家を次々と売り出そうというシステムがあるということです。パリで活動中のアーティストの内、半数以上は現代アートになっています。

 

ー 日本の芸術は遅れているというのは、よく耳にしますね。むしろアジアでいえば、中国。中国の現代アートは、もの凄くパワフルでクオリティーが高いですよね。

 

小林:そうですね。ニューヨークもパリも中国の作家の作品が相当ありますよ。日本の作品は、少ないですよ。

 

ー 影響を受けた方の前に日本とパリの文化の違いについて更に聞きたいのですが、日本の場合、ギャラリーといってもほとんどがレンタルスペース的な意味合いが強いと思いますが、パリの場合は、いかがでしょうか。

 

小林:そうですね。ギャラリーのオーナーの好みで全て決まります。むしろ費用はかからないです。期間も1ヶ月が一般的です。なので、ヴァカンスも入れると一つのギャラリーで1年間に10人くらいしかできませんし、大抵、2、3年先まで予定は埋まっていますね。

 

ー では、自信のあるアーティストは、実力試しにポートレート持ってパリに行けば、チャンスを掴めるかもしれませんね。

 

小林:はい、チャンスはあると思いますよ。

 

ー 続いて、小林先生の現代アート以降で影響を受けた方を教えてください。

 

小林:ファンデルトワッサーです。彼の色彩感覚の繊細さに影響を受けました。

 

ー フンデルトヴァッサーハウスや大坂の舞洲ゴミ処理工場を手掛け、日本でも話題となった方ですね。

 

※フリーデンスライヒ・レーゲンターク・ドゥンケルブント・フンデルトヴァッサー(Friedensreich Regentag Dunkelbunt Hundertwasser、1928年 12月15日 - 2000年 2月19日)はオーストリアの芸術家、画家、建築家。日本では「フンダートヴァッサー」「フンデルトワッサー」という呼び方も多く用いられる。色鮮やかな外見、自然と調和した建築でよく知られている。

フンデルトヴァッサー作品
フンデルトヴァッサー作品
フンデルトヴァッサー作品
フンデルトヴァッサー作品

小林 正美流 現代アートとは、


ー 画家として活動されてきた小林氏にとって、現代アートはどのようなこだわりを持っていますか。

 

小林:現代アートは間口が大変広いと思いますし、色々な素材を使用した表現方法があって良いのですが、作品としての耐久性について今一度考えるべきかなと思っていますし、こだわっているポイントです。やはりギャラリーや美術館に収蔵しても破損しては意味が無いと思っています。それこそ、数百年と持つものを作るべきだと心がけています。

 

ー では、難しいと思いますが小林流現代アートの定義を教えてください。

  

小林:これは難しいですね。定義とは違うかもしれませんが、美術が好きな方々やお客さんはとても目がこえていますから、誰の真似でもない独自の作品を作り上げないとまずいなとは思っています。

 

ー 作品の制作時間を教えてください。

 

小林:30号の作品で設計から完成までで1.5ヶ月くらいですね。100号の作品で半年ぐらいかかりますし、更に大作の場合、1.5年程かかったものもあります。

 

ー 作品を制作するとき、どういった所からイメージを膨らませていくのでしょうか。それともひらめきの要素の方が強いのでしょうか。

 

小林:作品を制作する時、一番最初の発想は形をまず最初に考えます。それから色彩を考えるのですが、製作中にその場の状況で最初の発想とは違ってきますが、制作過程では良くある事です。要するには試行錯誤することによって作品は作られて行くと言う事です。その結果、他のアーティストの作品に似ている場合には、捨てるようにしています。

 

ー しかし、これだけ情報過多な時代に、流されないようにするのは非常に難しいかと思います。どのような工夫をしていますか。

 

小林:入ってくる情報を制限するよう心がけてはいますが、必要な情報とのバランスが非常に難しいですね。

 

ー 最後に一言お願いします。

 

小林:アートというものが富裕層の所有物にとどまらず、美術館以外の商業施設などにもアートがたくさん飾られる社会になってほしい。そうすれば大衆にとってアートがもっと近い存在になってくれるのではないかと思っています。